コンビニの店員さんに覚えられようチャレンジが面白い

真の目的は「覚えられる」ことではなく
「あだ名をつけられる」ことですがw

ほっこりしたww

まさかのファンアートまでw


 

以前、コンビニ的なお店でお昼時だけレジしてたことがあるけど、
混みはじめるまえの
だいたい決まった時間帯に同じものをいつも買ってく人は
なんとなく覚えるし「来てくれた!」みたいな氣持ちになったっけなあ

(列に何人も並んでる中では、さすがに覚えられないけど)

ん……あれ…………

わたし……
人混みが苦手でコンビニ行くときは混んでる時間避けてたし
結果的に大体同じ時間帯になってて
買うものも大体同じものだし
しかも毎日行っ…………
えっ…………

あーーーーー!!!!!

(覚えられたくない人)


 

眉唾な感想なんだけど……

序盤に出てくる「氣だるげな女性」なんだけど、

『もしかして……、
このお姉さんが転職することになったのは
筆者さんが原因なんじゃないか??』

と、思いました。

追い出したとか、
嫌がられていたとかじゃないですよw

そういう分かりやすく認識できる話ではなくて、
無意識下の動きに関する話です。

お姉さんは最初、とても意識が低い状態で働いています。

「意識が低い」って表現をすると
反射的に「意識高い系」が浮かびますね……

確かに「向上心」を基準にした「意識が低い」にも当てはまるのですが、
そうではなくて……

無意識寄りの状態についてをここでは言いたいです。

波動が低い。
心も閉ざしている。

訪れるお客さんたちを見てもおそらく、
人間というより“モノ”に限りなく近い認識をしていたのではないでしょうか。

それが、ビスコのお兄さん……
一人の個人、心ある人間として認識できるお客さんが現れたことで、
心の扉が開いています。
それまでは虚ろだった、仕事をしている時間に
自分の心が入りこむようになっている。

しかし、心が入り込んで認識力が上がることは、
他の(人の)心の存在に対する認識力を上げると同時に
自分の心に対する認識力も上げてしまいます。
(自覚できるほどではないかもしれませんが)

すると、つまらない仕事がいかにつまらないか、
といったことへの認識も増してしまいます。

仕事の内容が何ら変わらずとも、苦痛は増すことになるでしょう。
これまでは心が空っぽだったので適応できていましたが、
心が増して波長が上がった分、合わなさが明確になり
その場所を自分の居場所とするのが難しくなるからです。

そのため、離れる方向へと流れができていきます。

まずはこれらの動きが潜在意識に生じ、
やがて顕在意識の思考も追いついて来ます。

この想いを無視して居続ければ、
行動に移さざるを得ないほどに
もっと離れたくなる出来事がやってくることでしょう。

たとえば、望まない土曜出勤がいつのまにか実質固定されてしまうとか。


 

すべて、無意識上の動きです。
当事者たちがこの流れを認識することはないでしょう。

お兄さんは自分がそのような影響を与えたと氣づくことはなく、
お姉さんも自分がそのような影響を受けたと思うことはないでしょう。

それぞれ、

「ビスコチャレンジを思いついたので実行してみた」

「仕事が嫌になったので転職した」だけです。

実際に、何がどう動いていたのかはわかりません。
お姉さんは土曜固定にならなければ、不満らしい不満もなく
このコンビニで働き続けたのかもしれません。

しかしわたしには、このような裏側の動きが見えた氣がしたのでした。

彼女はたぶん、本来はそんなに無表情という感じではなくて(お愛想はしないかもしれないけど)
もっとお客さんと距離が近くて雑談もできる現場の方が合っているのではないかなあ。
それがどの程度の加減なのか、までは分からないけど……

でも、そうだとしたら、
ビジネスライクで無味乾燥となりやすいコンビニ勤務よりも
彼女に合った現場に行った方が絶対にいいし、

実際に、そうなってるといいなあ。

きっとなってるよね。
お姉さんの新しいお仕事が、楽しいものでありますように!

もちろん、素晴らしい切欠をつくってくれたお兄さんにも、
あふれんばかりの幸あれ!

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