侵食と抵抗

おそらく明け方に近い夜中、
体にかかる妙な圧力で目が覚めた。
両方の手首を、何かが強く押さえている。

『誰かに押さえつけられている?』と一瞬思ったが、圧力のかかり方が手のそれではない。
手で抑えられているのなら、指の部分に圧がかかり、指の間はそうならないが、なんというか、均一に力がかかっている。
布団もきちんとかかっていて、布団の上から抑えられている感じでなかった点も不自然だ。
凝縮された空氣または重力の圧が、布団を無視して直接わたしの手首にかけられている、そんな感じだった。

そして、同じ重さが心臓の位置にもかかっている。

『あ、これヤバい
誰かがわたしを殺そうとしている』

そう直感した。

それをしている“そいつ”は、心臓を潰すだけでなく、わたしの心を恐怖で染めようとも必死になっているようだ。
行動によって怖がらせるのではなく、心の中に直接、恐怖心を流し込もうとしているのを感じる。

いかん、いかんいかん、これはいかん!!
意識を乗っ取られてはいけない!!

悪い方へ流れていきそうな意識を必死に留めようと、猫……!
かわいい猫の顔を思い浮かべようと全力を尽くした。

しかし、落ちていく氣持ちを留めることも、その中で集中力を発揮することも本当に難しい。
猫は可愛く、まったく助けにならなかったわけではないものの、引きずり込まれていく精神を平静に保てる程の力は発揮してくれなかった。

なんとか鮮明な猫を思い浮かべようと試みる一方で、目を覚まさなければという方向にも意識を集中しようとした。
もう少しで目覚めるくらいに思考できてはいるものの、まだ起きていると言えるレベルまでは覚醒していない。
起きなければ、起きなければ。
しっかりと目が覚めれば多分、なんとかなる。

しかし、五感が働いてくると、何か細かく変な音がしているのが左耳の近くから聞こえてきた。

音そのものは、特に怖いものではなく、普段の生活の中でも当たり前に聞こえてくるようなものだ。(具体的にどんな音だったかは起きたら忘れた 電氣みたいなパチパチ音だったかな……)

しかし、音の発信源がどう考えてもおかしい。
その音は、“そいつ”の顔がそこにあって、わたしを覗き込んでいることを示しているのではないか……
そうとしか思えなくて、危機感がますます募った。

コレ、目を開けたら“視えてしまう”んじゃないのか……?
わたしはそういった系統のものが視えたことはないけれど、ほぼ寝ている状態の今であればなんか行けそうな氣がする。

しかしやばい、
視えてしまったらさすがに怖すぎて
それでもなお正氣を保っていられる自信がない。

これが、何らかの干渉ではなく脳の整理整頓による夢であった場合、
自分の想像力で、見なくて済んだものをわざわざ創り出してしまう可能性だってあるわけで……

幸い、そいつは移動はしないようで、
顔をそむけてみたところ
それに合わせて音がついてくることはなかった。

視えてしまう体験をしたことがないのでちょっと好奇心も湧いたけど、
それどころではないので、そいつが見えることのない位置で目を開けた。

と言いつつ
一度だけ、ちょっとだけ『視界の隅にチラッとくらい視えないかな~』って位置で目を開けてすぐに閉じてみたw
でも怖かったので位置ギリギリすぎて「そこじゃ見えんやろ」って角度だったと思うw みごとにチキンなチキンレースww
それらしいものは何も視えなかった。
ホッとした。

外はまだ夜で、視界には雪の積もった街が持つ薄明るさしか入ってきていなかった。
時刻は4時頃だろうか。
太陽の光が欲しい、視神経を明るさで刺激してほしいけど、夜明けまではまだしばらくかかりそうだ。

せめて明かりを付けたい。
視界の先にはランプを吊るしてあり、そのリモコンは枕元に置いてある。

自分の意識を保とうとすればするほど、体にかけられていた圧力は減っていったので
今の状態ならなんとか腕を動かせるだろう。
わたしは枕元を探ろうとした。

しかし、腕が上がらない。
重い。

これは、押さえられているのとはまた違う重さだ。

たまにある。
目が覚めると体が妙に重くて、腕を上げたり起き上がろうとしてもそれができない。
鳥もちや水あめの中でもがくようなままならなさから、『ようやく動けた!』と思っても、視界の変化は全くない。
手を自分の目の前に動かしてみても、その感覚は確かにあるのに、目を開けても視界には天井が映るばかりで、そこにあるはずの手は全く見えない。
そして集中が途切れた瞬間、手は持ち上げてなんかいない位置にあることを自覚する。
本当は、目も、見えてはいるのだけれど開いてはいないのだろう。

わたしはこれを
『精神体だけ動かして、肉体を動かせていない状態なのでは?』と思っているけど、
実際のところは分からない。

それともこれが、金縛りというやつなのか…………

思うように動けないでいるうちに、
そもそも寝ているところだったわけで
意識がまたまどろんできた。

そうして眠りへ落ちていくに従って
軽くなっていた手首と胸への重圧がまた増していき、
その苦しさでハッと目が覚める。

そして再び抵抗し、
腕を動かそうと試みる。

そんな悪戦苦闘を何度か繰り返したのち、
なんとかリモコンを手に取ることができた。

しかし喜んだのもつかの間、

リモコンのサイズが、いつもよりも大きい。
ボタンの列が、いつもより一つ多い。

うわーコレ本物じゃないわ
まだ夢の中から出られてない……!

せっかく手に取れたけれど、夢のリモコンを押しても意味がない……
とは思いつつ、一応やるだけやっておこうとONのボタンを押した。
視界はあまりよく見えないので、手探りで。

つかない。

信号がちゃんと届かないことがあるので
何度か押してみる。

つかない。

スイッチの配置が変わっている可能性もあるので、
デタラメに押してみた。

その末になんとか明かりはついたんだけれど、

記憶はそこで途切れている。

次に……本当に目が覚めたとき、
朝日はばっちりと出ていて、部屋もすっかり明るくなっていた。
なんとかつけたはずのランプは、ついていなかった。

そして、あれは夢だったんだなあ、
現実の感覚はやっぱり夢とは全然違うなあ、という自覚をする。
夢を見ているときは、そこで受け取っている感覚がおかしいと全く思わないの、不思議……

新年2連続であんまり印象の良くない夢を見たなあと思いつつ
重力で押さえ込まれているような圧力を体感したのは初めてだったので、ちょっと面白かった。
こんなにハッキリとした触覚を夢で体験したこともなかったし、
こちらの意識の有り様で対抗できる、弱められる点も、現実ではありえないものだし。

ちなみに、押さえ込まれている圧力は上から押し付けられているような感覚。
金縛り(?)で感じる重さは下からまんべんなく引っ張られていて動けない感じ。

夢なりに大変だったけど、
“そいつ”の姿、ちゃんと見ておいた方が良かったかな……!
と、ちょっと思わなくもない。

また来たら今度はがんばってみよう。

来てほしくないけどw

タイトルとURLをコピーしました