理想の土地と、理想には程遠い住人

自然が豊かな地域へと引っ越すことになった。
お隣さんになる人が手引きしてくれて。

ただし新居は地下だった。
それも、建物ではなく、土を掘って作った小さな空間に寝床を置いただけの、ごく簡易な場所。

でも、わたしにとっては結構嬉しかった。

洞穴にこもりきりになるのは不健康だけど、今でもそんなに変わらない暮らしなんだし、
だったら穴を出てすぐに芝生が広がるこの環境の方がいい。

他の家具はどう配置しようかな、
荷物は入りきるかな、
そうだ横穴を掘って別の部屋も作ろう
あれ トイレは……上下水道はどう設置したらいいんだろう

そんなふうに、不安もあるけれど
自由に作っていける新居にときめいていた。

思考が行き詰まったところで、『早速外の空氣を吸ってくるかあ』と穴から這い出る。

なのに、そこでもまた家の改造を考えてしまう。

空間から外に向けては、出入りしやすいよう小さな階段が掘ってあるけれど、段も出入り口も少し小さすぎるな、出入りがしづらい。
もう少し出入り口を広げて……
いや、出入り口は小さくて分かりづらい方が秘密基地感があっていいかな!
広げるんじゃなくて、整えることで出入りしやすくできないかな。

心には、土を掘ってプール付きの家を作る兄弟の動画がよぎっていた。
自分も同じようなことができるかもしれないのだと。

 

地下から這い出て出入り口を見返す、そのたった一瞬の間だけで、そんな風に多くのワクワクが溢れ出る。
そしてそのたった一瞬の間に、周りの景色は土の壁から草原と空の明るい色に切り替わる。

暮らしの空間から、あまりにも草が近い。
嬉しい。

この近さ、外出する敷居の低さ、そして嬉しさだったら、
がんばって外に出るのではなく、自然と外に出ることができるのではないだろうか。
何度も挫折した毎日の散歩を習慣化できるのではないだろうか、
今度こそ。

そう、そうしてある程度体力をつけたら、近くに畑もつくろう。
家のすぐ隣にしようか、少し距離を取ろうか。
近すぎたら部屋まで根っこが突き抜けて来たりしてしまうだろうか。
ああ、でもその前に土地の性質や氣候の確認をしなければ。
わたしの都合と思考で配置するのではなく、その場所その場所に何が適しているのか、見極めながら配置していくんだ。

心の中に、そして物理的な目の前にも広がる尽きない展望にときめきながら、近隣をざっと歩いてくる。
建物なんか一つも見えない、どこまでも広がる大地と大空、吹いていくさわやかな風はどこまでも氣持ちが良かった。

海のそばまで来たとき、浜辺に人々がいることに氣がついた。
見えにくい程度には遠いけれど、叫べば声が届くかもしれない距離感。

それなりの遠さはあるけれど……
とはいえ近いと言えるこんな場所に、人の来る場所があったなんて。

人とはなるべく関わりたくなかったので、
それまでの浮かれた氣持ちが少ししぼむ。
でも、これくらい離れていれば、パジャマのまま歩いていても大丈夫かな……

どこまでなら常識を外れても大丈夫だろうかを考えながら、浜辺の人々を眺めつつ進んだ。
そうやってしばらく歩いて、今日の散歩はここまでにしようと自宅へ戻る。

まだ不便な出入り口に、
嫌氣よりもときめきを感じながら
体をねじ込もうとしたとき――

あまり友好的とは見えない女性が二人、こちらに近づいてきた。

ご近所さんかな?

女性たちはこちらを睨むように仁王立ちで立ち止まり、
そして、ひとりがこう言った。

「あなた、全然話しかけないのね」

浜辺の人々を眺めながらも、声は一切かけなかったことを言っているらしい。
その様子を、この人たちはさらに遠くから見ていたということか。
おそらくは苛立ちながら。

面倒だけれど最初に悪い印象を抱かせるのは損だな、
と思ってなるべく愛想よく返す。

『あ、はい、すみません。
あまり人付き合いに積極的なタイプではないもので……
でも』

向こうはこちらの言い分を聞く氣はないようで、途中まで述べたところで遮られた。

「そういうのね、困るんだけど」

どうやらここでは、人と距離を取った生き方は歓迎されないらしい。
そもそも、この集落には紹介でしか入れないはずなのに、なぜいるのか、誰の紹介なのかと問われた。

……お隣さんは、わたしをここへ連れてきてはくれたけれど、紹介等の口添えをしたわけではなく、勝手にそうしたのらしい。

「自分の土地内だから勝手にしても (人を住まわせても) 良いだろう」

という判断をしたとのことだ。

ご厚意はありがたいけれど、一方で絶望もした。
ここは、お隣さんの土地だったのか。
わたしが自由にしてもいい場所ではなく。

いや、自由に使っても良いと、言ってはくれるだろうけど……

“わたしの場所”と思える場所ではなかったのだと、がっかりした。

それ以上に、ご近所さんだ。

自然は好きだ。
でも、田舎の付き合いはわたしに対応できるものではない。
する氣もない。
ましてや、こんなにも排他的で、攻撃的な態度を取る人たち相手には。

わたしの落ち着ける場所は、
好きに手を加えていける場所は、
いったいどこにあるのだろう。

そしていったい、いつたどり着けるのだろうか。

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