願い続け思い描くことをやめなければ、道はきっと、見つかるから

個人の話に根ざしすぎていて詳しい内容は面白くないと思うので
要所だけ先に抜き出しておきます

本当に大切なのは、
君がどうしたいか、なんだ。

手段なんてものを考えたり見つけたりするのは、あとからでいい。

世界には、あなたに思いつかないやり方がたくさんあり、あなたの知らないことも、たくさんある。

だから、知っている情報で対処できないからといって、対処する方法そのものが存在しないとまで、決めつけなくていいんだ。

想像もつかないことは、
想像がつかないだけで、起こりうるんだ。

あなたが本当に、純粋に、願いつづけたなら。

実現の道のりが見えないからという理由で
叶えたい願いを捨てる必要はないんだよ。

本当に大切なのは、
あなた(がた)がどうしたいか、なんだ

諦めて捨てなければ、
願い続け思い描くことをやめなければ、
道はきっと、見つかるから


ってせっかく抜き出したのに、書き上がってみたら
この記事で一番役に立ちそうな部分は↑より後の
「本当の問題は適切に願えなくなること」の段になってしまった氣が
しなくもないwww

 

道はきっと、見つかるから

人様にはドヤドヤで『めっちゃ自然と調和した暮らしをしたい』を語ってたりするのですが
内心では『その道のりはそりゃ一筋縄では行かないだろうなぁ、能力的にも時間的にも自分の生きているうちに達成できるもんかな』と疑っていますし、
精神の起伏が激しいので、
落ちているときには、ただ落ちていますw

『本当にわたしが自然の中で暮らせると思ってんのか
ムリに決まってるじゃないか
都会生まれ都会育ち ロクに知識も経験もない 仲間すら作れない

 それでも奇跡的に体験できた山暮らしでは人様の世話になりっぱなし
何一つできなかった
何の役にも立たなかった
それどころか足を引っ張るばかり

 それ以前にまともな体力もない
毎日まともに起き上がれない
もはやスイッチひとつで動くストーブを点けるだけのことさえ自由にできないようなわたしが
薪を必要とする暖房を用意できると思ってんのか

 チェンソーは使えない それどころか斧だってもう持てないのに
どうやって薪を用意すんだよ

 ただでさえ危険がたくさんあるのに暖すら取れなくて
大自然の中で暮らせるわけがない
たとえ夏場に生き延びられても、冬凍え死ぬのが精々だ!!』※北海道在住

「薪を得るために、必ずしもチェンソーを使える必要はない」

『腕よりも太い薪が2時間足らずで燃え尽きるんだぞ
道具も人手もなしにどうやって調達すんだよ
できるわけがない!!』

「枯れて倒れた木であれば、君でも割ったり運んだりをできるんじゃないか?
さすがに斧やノコギリはあった方が便利だろうが。
薪として使うならば、枯れ木は生木よりもずっと手軽に得ることができ、そしてよく燃える。
熊の力を借りることができたなら、この仕事はもっと容易になるだろう」

『枯れ木…………』

『無理だ、無理だ 薪の調達すらできやしない』としか考えたことなくて、
木を切り倒すことしか考えてなくて、

既に倒れている木を使うとか、
しかも枯れ木を使うとか、
考えたことがなかった……

確かに、枯れ木なら、
生木よりもずっと容易に、薪として使うことができそう……

『でも……でも
枯れ木ってそんなに潤沢に落ちてるものじゃないでしょう
冬を越せるだけの必要十分な量を、確保できるわけじゃ……
それに、熊の力を借りるとか……
バカじゃないの
そんな、そんなことが本当に、
しかもわたしごときが、
本当にできるわけが……』

「本当に大切なのは、薪を確保できるかとか、熊の力を借りられるか、じゃないんだよ。

君がどうしたいか、なんだ。

手段なんてものを考えたり見つけたりするのは、あとからでいい。

 あなたの暖を取るのに、見つけられた枯れ木では十分ではないかもしれない。
でも、あなたは『枯れ木は生木よりも薪として使いやすい』ということを、考えたことがなかった。

『薪ストーブよりも囲炉裏の方が暖房効率がいい』という情報も持っているけど、まだ試したことはないよね。

そして、あなただけではなく、人類全体でまだ見つけられていない手段だって、あるかもしれないんだ。
さらに効率がよく、自然に近い在り方で、燃料も少なく手に負えるやり方が、明日にでも見つかるかもしれない。

 世界には、あなたに思いつかないやり方がたくさんあり、あなたの知らないことも、たくさんある。

だから、知っている情報で対処できないからといって、対処する方法そのものが存在しないとまで、決めつけなくていいんだ。

 そして、実際にその環境へ行ってみたとき、まだ行っていない今のあなたからは、想像できないことがいくらでもあるだろう。

あなたは環境への適応や、食べるものの変化によって、寒さに強くなっているかもしれない。

動物たちとも一緒に暮らしたいんでしょう?
彼らと身を寄せ合うことで、寒さが和らいでいるかもしれない。

そうしたら、思ったほどには暖房をつけなくて済むかもしれない。

 今だって、動けなくて点けそびれることを差し引いても、他の家庭からは想像もできないほどに、暖房の使用量が少ないんでしょう?

そもそも、北海道へ住みたいと願ったとき、あなたはこの土地の暮らしも、そこへ辿り着くための道のりも一切を想像できず、知り合いの一人すらもいなかったはずだ。
実際に移動するときも、寒さに弱いのに大丈夫かという心配を、散々されたはずだ。

しかし実際に住んでみて、あなたは、それらの点を少しも困難と感じていない。

 つまり、事前の心配が適切とは限らないし
想像もつかないことは、
想像がつかないだけで、起こりうるんだ。

あなたが本当に、純粋に、願いつづけたなら。

 蛮勇は望ましくない。
慎重は良いことだ。

でも、実現の道のりが見えないからという理由で
叶えたい願いを捨てる必要はないんだよ。

本当に大切なのは、
あなた(がた)がどうしたいか、なんだ

 諦めて捨てなければ、
願い続け思い描くことをやめなければ、
道はきっと、見つかるから」

 

世界には、知らないことがたくさんある

そんな話をして(?)数日後、このようなツイートが流れてきました。

「腐葉土を使った暖房」……!? (☉д☉;)

「腐葉土を敷き詰めて発酵させると、その熱で真冬でも暖かくなる」……ッ!!?

えっそんな方法があるんだ……

『そんな方法があるんだ』



……というようなことを、ちょくちょく体験しているので、

「実現の道のりが見えないからという理由で
叶えたい願いを捨てる必要はない」

は本当にその通りだと思っていて、
普段からそのように考えても、いるのですが……

望みが大きすぎて今いる場所から遠すぎて
無理だとしか考えられないんだもの
落ちて信じられなくなるときも
あるっつーーーーの!!!
ばーーーーーか!!
ばーーーーーーーーーーか!!
ばーーーーーー ……………   (;ω;)ウッ……

 

本当の問題は適切に願えなくなること

つまり本当の問題は
「願いを叶える道のりが見えないこと」ではなくて

「願いが叶うと信じられなくなること」
「願えなくなるほど、調子(等)が落ちること」の方にあるんだよね…………



あともうひとつ、「願いが濁る」という問題がある。

わたしは自分の「自然の中で調和して暮らしたい」がいつかは叶うと思ってるんだけど、
この願いが本当は自然目当てではなく「人間社会じゃないところで暮らしたい」だったら、そしてその自覚がなかったら、
叶わないか、または叶うことでむしろ不幸が増すんだよね。
純粋な願いじゃないから。

「人間社会じゃないところで暮らしたい」のだったら、
「人間社会じゃないところで暮らしたい」と願うべきであって、
自然を引き合いに出す必要はない。
「人間社会じゃないところ→ つまり自然だ!」などと、知識や思考を願いに混ぜ込んではいけない。

ついでに言えば、表現が曖昧なのもあまり良くない。
「人間社会じゃないところで暮らしたい」のはなぜなのか、明確な方が良い。

人付き合いがつらいなら
「幸福な人付き合い(交流)の中で生きたい」
「人付き合いの(ほぼ)ない暮らしをしたい」のように願うべきだし

願いの核心がこの2例のどちらにあるかでもうかなり違う

金に振り回されたくないのなら
「金勘定の必要ない暮らしがしたい」と願った方が適切である。

さらについでに言えば、否定形を使うのもあまりよくない。
「金勘定の必要ない暮らし」も、
「お金や資源が十分にある暮らし」といった表現の方がいい。

わたしの自然暮らしを例にするとあまりピンと来ないかもしれないけど、
「結婚したい」という願いなら、分かりやすいと思う。
そしてこれは、すごい濁りやすいやつだな~ って思う。

「結婚したい」という5文字の中に、
「安心を得たい」「金を得たい」「世話係が欲しい」「性欲を満たしたい」「一人は寂しい」「子供が欲しい」「幸福な家庭を築きたい」「体裁を整えたい」「親を安心させたい」等々、
あまりにもいろいろな願いが込められがちで、しかも何をどれだけ込めるかが、人それぞれで違う。

こうして言葉にしてみると分かると思うんだけど、
これらはどれも、結婚したからといって叶うとは限らない。

それぞれ別個に分解して、
本当に欲しているもの、本当は要らないものを認識してから、
最終的に結婚へ統合して叶える方が良い。
もちろん、叶うなら結婚という手段を通さなくても良い。

でも、そうやって分解していく過程では、今度はプライドが邪魔してきたりするよね。
本当は介護要員が欲しいだけで相手は誰でもいい、とか
願っていたはずの親の安心がどうでも良かった、自分の幸福を追求したいだけだった、などの想いが見えてきた場合に
認めるのが難しい人もいると思う。

そうやって、無理解とプライドによって、願いは濁っていく。



使う言葉というのはそのままその人の思考を表すから、
可能な限り、洗練させたり、通りやすい言葉を選んだ方が良い。

言語表現の限界というものもあるから、なかなか難しいんだけど……
時には曖昧に願った方が良かったりするし、否定形を使わざるを得ないこともあるし。

それでも……

願いは、叶うからこそ、願い方がかなり重要なんだよね……。

(間違った道を行くのも人生の醍醐味だったりするし
思考するからこそ間違うこともあるし、

結局は、各々、そのときの自分自身にできるように好きなように願うのがいいんだろうなとも思う……)

あとはただの(狂った)雑談

腐葉土って匂いとかキツかったりしない??
触ったことあるのが昔過ぎて(小学生) にゃんも記憶に残ってない……
手入れとかもね どうなんだろう
あと持続力

本当は、暖房には、温泉を使いたいんだよなあ
そうすれば水にも困らないしさ……
お風呂掃除もだいぶラクできそうだしさ

ってか、掃除もしたくないのよ
掃除の要らない家を作りたい
だって自然界は人間が掃除する必要ないじゃん
生き物たちが全部バランス保ってくれてるじゃんよ
そういう環境の中に入り込みたいの
わたしが環境を整備するんじゃなくてさ
全部整えていただいて、人の手が極力要らないようにして、
その中へ『おじゃましまーす』して好きに暮らしたいの
考え事したいの 何か作りたいの 植物を楽しんで動物たちをもふもふしたいの
世間で言われてる『好きなことしかしない』なんざクソだぜコノヤロウとか思ってるわけよ
わたしの思う『好きなことしかしない』は掃除もしないの
掃除のために人を雇うこともしなければ
何かを操作することもしないの
燃料の補給も要らないの
ほっといたら全自動で、なんかいい感じにしといてくれちゃうの
「何が欲しい」じゃないの
そういう『環境ごと欲しい』の

まあ、さすがに、
虫苦手だしPCとか使いたい人工物もある てのもあって
完全に今言った通りにはならないだろう、ある程度の手入れは必要になっちゃうかな ってのは思ってるんだけど

本当に……

ホントに、
「道はきっと、見つかる」んか???www

えぇーーーーー
ホントぉーーーーー???w
ホントにぃーーーーー???www

ほんとに…………?
ねぇ…………

『叶わないなら死んだ方がいいや、もう生きていく氣が湧かないよ』って思ってて

そっちが叶っちゃう可能性も全然あるんだよね……

どっちに転んでもわたしとしては成功なんだけどさ、
できることなら草木の香り、動物たちとの交流、星空の時間を
もっと体験していきたい

どうやってなのかは、今 全く分からないけど

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