第二次大戦下の日常って、現代人が思うのと違う?

見出しは、
この記事を書くついでに浮かんできた疑問。


上記の記事内で、このコメントを引用しました。

ほんと、犠牲者を出さずに社会の構造をうまく作り直す方法ってないのかねえ。

https://anond.hatelabo.jp/20200506215159

 

そして、このコメントを念頭に入れていたら

こちらのコメントにも目がとまりました。

第二次世界大戦でも日本人は人口比5%も死んでないし、自然現象にガラガラポンを期待するのは難しいよ

https://anond.hatelabo.jp/20200506215258

 

「犠牲者の多さが社会の変革を促すわけではない」

って趣旨の内容だけど……

わたしが気になったのはそこではなく

第二次世界大戦でも日本人は人口比5%も死んでない

ってとこだ!!

えええぇぇ
そおなのぉ!? (;☉д☉)

とにかく人が死にまくったイメージもってた
イメージだけで考えてた……!



上記の更にあとには、

二次大戦は「働き盛りの男が死んだ」から意味がある
コロナはジジババが死んでるだけだしなぁ

https://anond.hatelabo.jp/20200507121505

というコメントもあった。

言い方はともかく、内容としては

「被害の中心は社会への影響力が小さい層だから、
多少死亡率が上がったところで大変革にはつながらないだろう」

ということを言いたいのでしょう……

まあ……

死亡者が少なかったとしても偏っていたとしても、
生命の危険にさらされたり日常が破壊されて大変だった人は
限りなく100%に近い……はず……だよね……?
(イメージだけで言ってる)

疎開先になるような地域はそうでもなかったりするんだろうか。

慌ただしかったのは、実はごく一部の土地だけとか。

……ていうかそうだよね、その可能性は大きいよね……
冷静に考えて、日本全域をすべて空襲しようって、現実的じゃないような……

あれ……



疑問がハテナで限界突破なので参考情報を検索してみた

例えば「昔はよかった」と言うけれど(大倉 幸宏著)という本によると、戦争末期の1944年(昭和19年)に秋田県で列車の座席に食べかけのおにぎりが、残っていたそうです。

全国的に食料事情が相当悪化していたと考えられていたこの時期でさえ、地方の食料事情にはゆとりがあったのではなかったかと思われます。

 

身近なお年寄りの方14人くらいにお話を聞いたことがありました。

住んでいたところが田舎だったせいか、

「お腹をすかせた覚えはなかった、米はあったし」
「夏祭りが自粛されたがかわりに公民館で宴会があった」

など当時安直に考えていた「期待していたかわいそうな話や悲惨な話」は、ほとんど聞けず


おおぅ……

現代人の持っている大戦の情報・イメージと
その頃の実情、実際にかなりズレがありそう……



その時代の空気感が実際どうだったのか、というのは、
実際にその中へ入って、しかも様々に見てみないと
分からないものなのかもしれないね。

とはいえ地域差だけでなく、
個人差もあるだろうけど……。

現にわたしは、
ここ30年で地震を中心とする大きな災害や事件はいくつもあったけど
これらによる影響を食らっていないも同然の人生を生きている。
物心両面で。

もしも後世の人たちから
「歴史に残るあの大事件、実際はどうだったんですか」と尋ねられても、
大きく影響を受けた人とわたしでは、語る光景はまったく違うものになるのだろうなあ。

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