●Habitica という
タスク管理をRPGにするやつを導入してみた
続けられるか分からんけど……!
●いいんだ、
試すのは良いことだ……!
大切なことはやめてはいけない
けど
試してみてやめることはいくらでもやっていい
ノーリスクなんだから
●とりあえず「ネットサーフィンは夜だけ」という
縛りプレイ(?)を開始したい……
自分の記事をつくるのにも繋げられるし
情報収集で刺激や和みをもらうのは楽しいから
必ずしも悪じゃないけど
ダラダラ見てしまうぶんをカットしたい
●縛りプレイを楽しめる人種じゃないので
もうだめかもしれない (まだ始めてない)(のについったランドへ来てしまっているから……)
でも……
つぶやくほうは……
つぶやくほうは、いいんですよ…………
アタマの整理に……なるから……
(実際そうなのか単なる言い訳なのか分からんけど)
●記事を作っていて
●よりみちが……
よりみちがひどい (^q^)
予定してなかったブログ記事が
またひとつ生まれた…………
●いやでも
寄り道しちゃうクセがあるなら
単に『やめるべし』するだけじゃなくて
どう使うか、活かすか、いなすかを……だな……!!
脳みその性質をフル活用できるようになりたい
悪癖としての癖は剪定していきたいけど
創造性、またはその副産物としての癖は
うまく使っていきたい
●からだが……
からだがついていかない
せなかがいたい (xωx)
●habiticaぽちぽちしたろ
●habitica、「動物小屋」言ってペット育てられる施設があるねんけど……
よく見たらだいぶ攻めたイメージ画像つかってんな…………
●3記事つくってこの時間 (17時) かあ
んんん
んんんんん
●よーし記事公開もできた
日課が完了したところで
やっとこ今日の本題に入れる (ダメ感)
●そのまえに一服休憩しよ…… (ダメ感)
●記事の作成は
『Twitterまとめるだけだしかーんたん☆』のはずなんだけどな……
いっこ脱線が湧くと
恐ろしく予想外の手間が吸い取られていくな……
そして割と脱線する
今日は3個脱線しました(2個は片付けました)
●んーんーーーんん~~~~~
もっと最適化したい
●でも、ネットサーフには逃避しなかったし!
その点はハナマルしとこイェーイ
このまま18時まで自重
●絵文字には100点しかないので
もう100点ですイェーイ💯
約2ヶ月後
habitica は何氣に続いてて
日々ぽちぽちしている
今日もこの記事を上げたら
「アップ完了!」とぽちってくる
ネットサーフィンは……昼もしている (゚∀゚)
でも絵文字には100点しかないからね!!💯
100点にするしかないねイェーイ💯
しょうがないね!!!💯💮
はびちか、最初はまじめに使っていて、
タスクを遂行できなかったりネットサーフにダラダラしちゃったらダメージもらってたんだけど (※自己申告制)、
そのうち『誰と競うわけでも見せるわけでもないのだから、もっと自由に使ったらいいのでは?』と思って
ダメージ食らうのはやめることにした。
導入の目的は「タスクを片付けるため」だけど、
その枕には言外に「氣分良く」がついてるのよな。
そして、真に氣分良くいることは、タスクを片付けるよりも大事なことなのだ。
今はタスクも無視したくないから、
「氣分良くタスクを片付けていく」が最適解になる。
だから、ダメージを受けるとわずかとはいえ氣分が下がるからやめることにした。
日々の日課も、間違いなく実践できるもののみにハードルを下げた。
日課には記事の作成と公開を登録していたけれど、作成を消して公開のみにした。
実質、公開ボタンを押す作業だけでその日のタスクは完了。
『できなかった……』という自覚を得るのはリソースの浪費である。
荒川弘先生の漫画「銀の匙」に、
「乗馬で障害物を超える際に馬が失敗したら、
コース終了後にもう一度、成功するように挑戦させる」というシーンがある。
どうしてそんなことをさせるかというと、
「失敗したままにしておくと、馬が自信を失ってしまうから」なのだそうだ。
(該当の部分を確認&引用したかったんだけど、購入した電子書籍が閲覧できない……なずぇ…………)
(ていうか最後に漫画買ったの2年前だ……
いろんな漫画の新刊いっぱい出てるよおぉうぉああぁぁぁん)
このシーンを読んだとき、
『これってモチベーションを保つ上ですごく大切な要素なのではないか?』
と思ったんだ……
人間の場合は失敗に際してもフォローがなかったり、あっても言葉だけだったりするけど……
乗馬の競技と違ってやり直しをするだけの余裕がないこともあるとはいえ、
それにしたって人間の前頭葉の機能と耐久力に頼りすぎな氣がする。
言い換えると知性・努力・根性。
ダメージや日課のみでなく、
単発の「ToDo」と日々「習慣づけたいこと」の捉え方もハードルを下げることにした。
ToDoは、ごく一部の「やるべきこと」以外は入力せずに
「やったこと」を登録して即完了としている。
また、お風呂や買い物などの、ごく日常的な行動もなるたけそのようにしている。
完了チェックをつける瞬間の『あー 今日もがんばったな!』を得られるように。
数多くのタスクをこなすことよりも
その日その日を『今日もがんばったな!』って思えることの方が大事。
大事にすることにした。
「習慣づけたい」ことも、やったことを一度でなくぽちぽち押していいことにした。
対応1時間に対して1ポチを目安に連打している。
適当甘々評価なので、実際よりもだいぶ多いんじゃないかな。
だけど、その時その時に『あ~ なかなかがんばったな!』って思えるように。
また、項目の中に「苦しくてダラダラ」という内容をつくり、
ダラダラネットサーフやゲームをしちゃったときにはそれを押している。
サボったマイナスの項目ではなく、やり遂げたプラスの項目として。
氣づいたんだけど、ダラダラしちゃうときって単にサボッているというより
「何をしたらいいか分からない」とか「ツールの操作が分からない」とか
動く道筋が見えなくて消耗してるときなんだよね。
頭脳では分かっていても、それが心身の動きと連動するまでに身になっていない。
だから、苦しい時間に耐えている自分へ尊敬を持ちながらぽちぽちしている。
なんつーかもう、最近何をしていなくとも
『今日を生き延びただけですごい……偉い……』としか思えなくなってきたので、
そのうえ苦しい時間まで耐えているとか、もう、なんなんだよ、おかしいよ、すごすぎるだろ、って、
自分の事なのにちょっと客観的で他人事な感じなんだけど、思うようになった。
ホントそうとしか思えなくなって…………
だって生きていることは、それだけで、とても重いし苦しいもん…………
できることなら解放されたい…………
一般的には「アタリマエ(未満)」として認められない凄さであっても、
わたしという個人、わたしの世界観ではあまりにも偉大すぎるということを
わたしは認めることにした。